2017年7月25日火曜日
Le son continu
▼"フォークダンスとドローン楽器の祭典"と言っても、それだけを聞いてピンと来る方は、もうそれだけで相当な物好きさんではないでしょうか。失礼。いや、かく言う僕は、このLe Son Continuに参加するのは初めてでありまして、当地に赴くまで何が行われる祭典なのかを理解していませんでした。
まず、ドローン楽器とは何か。この種の楽器で最も有名な楽器は、このお祭りの象徴にもなっている"バグパイプ"です。あのブオーと言う低い音が鳴り続けている楽器が、このドローン楽器と呼ばれる楽器群です。他にも、ハーディガーディと言う楽器などがあります。
そしてフォークダンスは、よく知られているところだとマイムマイム等でしょうか。大勢の老若男女が、音楽に合わせて一緒になって同じダンスを踊ります。
マイムマイムのように簡単な踊りから、ワルツ・マズルカ・スコティッシュダンス。ブーレ(Bourrée)のような難易度の高いダンスや創作ダンスなど、幅広いダンスを体感できます。
難易度の高いダンスは、始まる前に簡単なレクチャーがありますが、それこそフランス語なので、そっちの方が難易度高め。あとは踊っている人のステップを凝視して覚えていきます。←ほとんどこれ
フォークダンスはフランス文化の一つらしく、夏になると各地でダンスのイベントが催されます。Bal folkで調べると日程が出てきます。
▽開催されたchâteau d'arsはパリから電車で二時間・バスで四時間程度に位置するChateauroux駅に赴き、そこから車orバスで40分程の場所にあります。宿泊施設は用意されておらず、近くに用意されたキャンプ場にテントを張るか、もしくは車で20分ほど行けば宿泊施設があります。(隣町)
僕にとって初めてのキャンプ体験でしたが、同行した人のアドバイスもあり、楽しい体験となりました。
キャンプ場には仮のトイレとシャワーも設備されており、衛生面でも悪くはありませんでした。でも一度だけ、シャワーのお湯が途中も途中で水となり。。。
▼ドローン楽器の祭典と言う事もあって、会場となった森には130を超えるお店が出ていました。
さきほど紹介したバグパイプから、オカリナ・木製のハープと言った楽器、そしてアコーディオン・ハーディガーディやタンブランと言う打弦楽器など。昔ながらの楽器に出会うことが出来ます。
そのお店の前では、即席でセッションをしたりワインを飲んだりと、各々が心から音楽を楽しんでいる様子が印象的です。僕もいつか、この輪の中に入るんだ。
▽他方で、森を抜けるとお城があり、その周りには多数の出店と、ダンスをするためのステージが5つ設けられています。(一つは森の中)
皆でステップを踏み、足を踏み鳴らし、手を打ち鳴らし、廻り、揺れ、目と目を合わせ微笑み合う。(たまに、「え、アジア人だ」と、お顔が凍られる方もいます(笑))
老いも若きも関係なく。いやむしろ、お年を召した方のほうが熟練のステップや回転を披露されていて、文化の深さを感じます。本当に素晴らしかった。
大勢で手を繋ぎながら進行し、節毎に相手が代わっていく踊りもあるのですが、初心者の僕は、ステップを間違えないように慣れるまでがドキドキ。どぎまぎ間違えながらも、と言うかみんなと一緒に間違えながら、楽しくステップを踏みました。
▽あっという間に過ぎ去った三日間の滞在。
音楽を"体感する"素晴らしさを感じることが出来て、本当に良かった。そして演奏者をはじめ、参加している誰もが"生きている実感"と"幸せ"を感じていて、間違いなく僕の人生を揺り動かす経験になりました。
どうにかして来年も参加したいし、そしてアコーディオンが買いたいです(笑)
Le son continu ≪低温で鳴り続けつづける持続音≫ ≪響き続ける音≫
https://www.youtube.com/watch?v=AC3NAkbH0-w
https://www.youtube.com/watch?v=kDLac8DY-x4
2017年7月8日土曜日
N°55 International Piano Concours Arcangelo Speranza
今回は、昨年に続き再び訪れたイタリア南部の町"Taranto"で行われたコンクールの思い出を記します。
▼振り返ってみると、出発の朝からミニミニ・ハプニング続きでした。
いつものようにBruxelles Gare Midiへと自転車で向かったのですが、駅の近くの駐輪場はいっぱい。違う場所にある最寄りの駐輪場を調べてへと急いで向かい、駅に着いたのは予定時刻の数分前。重い荷物を抱えながらダッシュで切符を買って、息を切らしながら電車へと駆け込みました。
あ、空港についてからは受付カウンターを間違えて、ロビーの端から端を移動したなぁ。
今回はナポリ経由でタラントに赴きました。
移動時間は飛行機2時間+電車5時間の約7時間。電車の中は、荷物に注意しつつ、爆睡でした。。。長かったなぁ。。。
さて、タラントについてホテルにチェックイン。
おもむろにコンクールのFBをチェックすると、なんだか既にコンクールが始まっている模様。参加者の写真や、審査員の方々の写真が更新されていて、「どゆこと!?」という謎の衝撃に襲われたわけでございました。
よくよく調べてみると、コンクールスケジュールが何故か二つ書いてあって、本当の一次予選はすでに始まって終わっていると言う。。。まぁ、その時は動揺が激しかったですね。
急いで事務側に連絡をして、翌朝に、一次試験を受けることが出来ると言う決定をしていただきました。オーガナイズ側の不備だという事で謝罪もされて、とても誠意を以って対応していただきました。
と言ってもね。その夜は興奮してしまって徹夜。そして、上の決定がなされたのは翌日の早朝の出来事だったので、仮眠を少し取ってから、お昼に一次試験を弾いたわけです。
そんなこんなで一次を弾いたわけですが、嬉しいことに一次を突破!!
これまで沢山の悔しい思いをしてきたので、とても嬉しい結果となりました。
一次の後、その日の夜に二次を弾くという強行日程。その間の時間は、正直ヘロヘロでした。
練習室として提供されているおじいさんのお宅で疲れている表情をしていると、親切にもビタミン飲料を作っていただいて、とても染み入りました。
「テニスをする時に僕はこれを必ず飲んで、、ムキムキだよー」
みたいなと事を言ってました。おじいちゃんは元気です(笑)
そして二次へ。
どうなるかと思いましたが、自分なりの演奏が出来て、友達と何人かのお客さんに「感動した」と言われて、そう感じてもらえたことが非常嬉しくく思いました。
日本人の新しい友達とも出会え、結果もついてき始めた今回は、とても実りの深いコンクールとなりました。
2017年4月29日土曜日
N°59 Jaén Piano Competition
スペインで、4月23日から約一週間にかけて行われたコンクールへの参戦記を記します。
▼今回のコンクールが行われた都市であるハエン市へは、大きな都市であるマラガから電車とバスを乗り継いで約5時間の場所にあります。直通のバスもあるのですが、朝の9時にある一本のみ。しかも今回は売り切れてしまって、ほかの交通手段を、現地で焦って調べ直す羽目になりました。Google先生ありがとう。
現地へ着くと、久しぶりの再会が幾つもありました。
一年前のコンクールで知り合った方や、どこかの講習会で見かけた方、ご一緒した方。そして、10年以上前に高校が一緒だった同級生との再会もあり、嬉しい驚きの連続でした。
もちろん、各国から来る欧州人やロシア人やアメリカ人、そして、期間中に宿泊する部屋の同室の方などなど。新しい出会いも沢山ありました。頑張っている人達と会えると言う点は、コンクールの一つの良いところだと思います。
あ、このコンクールのオーガニゼーションは異常に良くて、コンクール参加中の宿泊費はタダ。他にも、現金支給などの気前も良くて、そういった意味でもなかなかに魅力的なコンクールではあります。
▽さて、今回の自らの出番はあっという間に終わってしまったので、予選二次からは、他の参加者の方々の演奏を"ゼンブ聴くプラン"に強制変更。
正直なところ今回は、予選三次までは絶対にいけるなぁと思っていたので、非常に悔しい思いをしました。悔しさの塊を呑み込む感覚。悔しいですね。今回は自分なりに良く弾けたし、審査員の評価も全く悪くなかったので、、、仕方がないですね。
だから余計に、通ったやつはどんなもんやねん!って感じで聞いてきました。
勿論、一次を弾くことと二次を弾くことでは、コンディションの違いはありますが、全体的には自分だって全然ここで戦えるよなぁと、思いつつ。。。でも、あんまりな演奏をされると、俺に弾かせろやって思いますね。むむむーー。。。誰にとっても本番は難しいですからね。仕方ない。
しかしながら、三次のある方の演奏には、とても感じ入りました。
⇒実は今回は、ここからが本題。
僕はその人の演奏を聴いて一人客席で号泣していました。今までこんなに音楽で感動した事はなかった。
彼の演奏には、彼のやりたい音が満ち溢れ、それが若い情熱と融合され、【ピアニストという素晴らしい職業】を見事に体現していました。
そんな彼の演奏は、僕にも多大な影響を与えたわけで。。
きっと最初の悔しさがなかったら、このマインドの変化は訪れなかっただろうと思います。
でもこの変化を感じ取れたという事は、自分の音楽にとって、また自分の生き方を考える上でも
、非常に意義深いコンクールとなりました。
want toと共に生きる。
have toやshoud beは必要条件ではあるけれども、それだけじゃ苦しい。want toが全てを前向きにしてくれる。
自分がなにをしたいのか。どうなりたいのか。しっかりと胸に問うて、これからは、それに向かって突き進んでいきたいと思います。そして自分の中で、きっとそれが欠けていたものなんだと思っています。
2017年4月6日木曜日
La porte ouverte ; L'âme ferme.
≪l'âme fermé≫ から≪l'âme ferme≫に変更したのですが、、、お分かりになりますでしょうか。。。うん、誰がそんなに細かく見てんねんって話ですね。自分に突っ込む事ほど空しい事はない。
そう。ferméがfermeに変わったんです。
【Fermé】フェルメ
意味
❶閉じている事。お店などが閉まっている事。
❷閉鎖的な。近づきがたい。
熟語 les yeux fermé
①目を閉じて,目をつぶって,
②確認せずに,盲目的に,
などなど。
ですのでl'âme ferméは「閉じた心」とでもしましょうか。
それを今回は次の言葉に変更しました。
【Ferme】フェルム
意味
❶[中身が詰まって]堅い。引き締まった。
❷しっかりした。ぐらつかない。
❸[態度や気持ちが]確固たる。断固とした。ゆるぎない。
-ferme副詞
②discuter ferme 白熱した議論を戦わせる
等々。
よってl'âme fermeは「確固たる信念」とか「揺るぎない心」とかでしょうか。
ferméもfermeも、雰囲気としては同じ雰囲気もありますが、核となる意味の方向性は全く異なるものですね。
音楽家の核の部分として、音楽を伝えたい気持ちや、表現する気持ちを持つ。
なので、ここでしっかりと自分の覚悟を示すうえでも、ブログのタイトルの変更することに致した次第です。
パリ講習会 à la cité univercitaire
▼欧州では冬時間から夏時間に変わり、一気に日が昇っている時間が長くなりました。すると街の空気も春めいてきて、外でビールでも飲みたい気分になります。
実際、町ではみんなカフェでビールを飲みながらお喋りを楽しんでいます。。。羨ましい。。。
久しぶりのパリ訪問。
パリに到着すると、やっぱりパリの匂いがします。街を歩くと、ブリュッセルとは違うパリの草木の香りが漂ってきて、とても懐かしい気持ちになります。一方で、地下鉄や高速鉄道の、パリにいらした事のある方ならお馴染みのodeurも、ノスタルジックな気分にさせてくれます。
▽今回の目的は講習会です。教鞭を取られたのは菅野潤先生。
潤先生はパリ在住の日本人でありまして、お顔にはいつも柔らかい笑顔を湛えていらっしゃるのですが、武士のような雰囲気を纏われている紳士であります。
この講習会には、世界で活躍する多くの日本人ピアニストが参加していました。それもこれも、菅野先生の御人徳の賜物と思います。
さて、今回の講習会で僕は、ショパンのノクターンop.56を見てもらいました。
レッスンでは先生が手本を見せる為に、度々、弾いて聞かせてくれる事もあるのですが、それを録音を聴いてみると、自分と先生の音の違いにしょんぼりしてしまいます。それほど美しく自然な音楽を先生は教えて下さります。
特に今回は、体の使い方によって音の伸び方が変わる事や、フレーズ始まりのタッチの仕方など。とても勉強になりました。参加されていた方々も、一人残らずお上手で、大変に刺激を受けました。
レッスンが終わると、先生を含めてパリの街に繰り出し、美味しいパリご飯を頂き、そして毎晩のように二次会に行っては酒を飲むという。とても楽しいひと時でした。
パリでの講習会が終わり、ブリュッセルに帰ると、また違う講習会が始まります。始まっていますなう。こうして集中して講義を受けると、いつも新しい可能性が見えてきます。どんどん新しい領域に自分を置けることを、とても嬉しく思います。自分の理想を高めるためにも、どんどん成長していきたいです。
2017年3月24日金曜日
蕾が花開くように
この二か月間、まさか何もなかった訳はなく、ただただ自分の怠惰に任せて、ブログの更新を怠っておりました。なんたること!!
今回は、この二か月の間に新たに挑戦したことや、ピアノについて気付いたことについて記します。
▼実は、二月の始め頃から、大変な高熱を出して寝ておりました。ちょうどコンクールから帰ってきた後だったので、もしかしたら疲れている隙をやられたのかもしれません。
高熱は何日間にも及び、初日は39.4℃まで上がり、その後は四日間ほど38℃台に苦しみました。そして熱だけならまだしも、耳周りのリンパ節の腫れが著しく、お薬で何とか菌を殺すような風邪でした。熱が下がった後も咳が残ってしまい、つい先日まで咳は続いていました。
まぁ今年はこれで、風邪の引き収めにしてもらいたいものです。
▽しかし怪我の功名とでも言うのでしょうか。風邪をひいて良かった事も、実はありました。
この高熱では、さすがにピアノの練習は出来ませんので、療養中はお布団の中でうなされながらも、いろいろな事をゆっくりと考えることが出来またした。そしてその中で、ある貴重な気付きを得ることが出来たのです。
長い間、僕は「音を聴く」と言う概念について、はっきりとした定義付けをする事が出来ずに苦しんでいました。
それが、布団の中で、ある意味では自由に、頭を巡らせているうちに、いきなり理解できたのです。さながら、死に瀕した仏陀がスジャータに命を救われ、そして沐浴の後の瞑想に入った際に、悟りを開いたような、そのような感覚でした。(大袈裟?)
この新しい概念は、自分の演奏レベルを新しい段階にまで押し上げてくれる、とても大切な気付きと確信しています。そして現に、僕の演奏は一新されました。
▽そんな新しい感覚と共に現在取り組んでいるのが、ショパンの夜想曲とマズルカ【op.55・56】、そしてリストの【孤独の中の神の祝福=Bénédiction de dieu dans la solitude】です。
特に、リストのBénédictionは、長年思いを寄せていた曲であり、いつかこの曲を弾くためにピアノを弾き続けてきたような曲なので、取り組めていることを大変嬉しく思っています。
あと、、、そうだ。四月の末に受けるコンクールの為の課題曲もさらっております。おそらく、このコンクールの為に書き下ろされた新作なので、音源もなく、曲想をつかむのに苦労しています。
先日、友達の前でちょっと弾いたら、オクターブ間違えて譜読みしている場所や、何故か音価を二倍で取っている場所等々があり、「うん。あるよね、ある。」と、慰めてもらった次第であります。
▽さてさて、来週はパリにてピアノの講習会があります。コンサートも予定されているので、しっかりと練習しなてはいけません。
講習会での様子も、また記したいと思います。記します。
最近の演奏の様子も近々更新する予定なので、ご笑覧ください。
それでは、季節の変わり目、人生の変わり目、毎日元気でお過ごしくださいね。
2017年2月13日月曜日
イタリア田舎町とフィレンツェ
▼一月の中頃は、少し私用がありましてイタリアに赴いて参りました。
やっぱりイタリアはいいです。
ご飯はめちゃ旨だし、お値段もお手頃。
特に田舎の方に行くと、破格の値段でワインが飲めたり、激うまパスタが食べられたりします。
私用が終わった後の乗り換えを利用して、イタリアのフィレンツェにも寄ってきました。(二回目)
目的は、、美しいお皿を購入すること、本場の革製品を購入すること。そして、ウフィッツ美術館へ再度訪問することです。
自分で言うのも何なのですが、僕は"皿道楽"で、いいお皿や焼物には目がない。必要なお皿しか買っていないつもりでも、日が経つと共に枚数が増えていってしまいます。
今回購入したのは、中くらいのお皿一枚と、小さな小皿を三枚。(セラミック陶器)
実はお店に、とても奇麗な大皿が置いてあって、欲しいなぁと思いつつも、今回の目的とは違うので、泣く泣く断念をしたのでありました。それでも上記のお皿を買っているのだから、何をいわんやですね。
革製品のお目当ては、先日無くしてしまった手袋を。
本場の革製品だと思い、ワクワクしながらお店を覗いていたのですが、品質はピンキリですね。
露店の数なども含めると、お店の数は非常に多いので、どのお店が良いのかというのは非常に難しいところではあります。
こういう時は、現地の方に聞くのが一番。
僕は、セラミック陶器のお店の方に良いお店を教えてもらい、迷わずに良い買い物をすることが出来ました。
そして二度目のウフィッツ美術館へ。
前回初めて訪問した際は、無謀にも閉館まで一時間程度の時間しかなく、まさに飛び込みで重要な作品を見る事しかできなかったのでした。
今回はその反省を含め、たっぷり三時間の幅を持たせての見学。なので入館した際には、
「んーーもしかしたら時間余っちゃうかな。三時間もいられないかも」と思っていたのですが、結局のところ、三時間なんて瞬く間に過ぎ去ってしまい、最後のお土産コーナーの時間がなくなってしまいました。
さて、ウフィッツ美術館を一瞥したところ、1500年前後の絵画を多く所蔵しているようです。だから、ルネッサンス絵画に当たるのかな?ちょっとそこらへんの知識はあいまいですが。
著名なところだと、ボッティチェリの≪ヴィーナスの誕生≫や、≪プリマヴェーラ≫などを拝観することができます。
個人的に僕が気に入ったのは、Filippo Lippi(1406-1469)の描いた≪Otto Altarpiece≫が気に入りました。(邦題は。。。)
彼の描く絵画は、まるで絵画の中に入り込めるような錯覚があり、絵画との不思議な一体感を味わえる作品でした。
2017年1月5日木曜日
新年あけましておめでとうございます 二,六七七
旧年も静かにゆき去り、また、新しい年を迎えることが出来ました。
みなさまはどのような新年を迎えられましたでしょうか?
さぁ、今年も一年、来年まで頑張りましょう!! わはは
▼さて、今年の年越しは、最近知り合った友人のお宅へと伺い、4人の方々と共に過ごしました。そのうちのお二方は、ヨーロッパ政治を学ばれた方で、もうお一方は工学を専攻されている方なのですが、かくかくしかじか各種ア・ラ・カルトな話題が尽きずに、なんとも楽しい年越しでありました。
特に現代政治の話題では、侃々諤々の大議論。
夜が更け、朝になるまで、現在進行形で壊れ行く世界について話し合いました。
興味深いのは、これだけお互いに疑問をぶつけあったり、主張をしているにも関わらず、まったく不愉快な気持ちにならないことで、むしろ爽やかな気持ちになりました。
僕が思うに、互いが互いに相手の話へと耳を傾け、あざ笑うような事は一切せずに、目を覗き込んで、真剣に向き合ったからではないかなぁ。と、思っています。
こういう人間関係が、僕は一番好きです。
心強かったのは、政治学専攻の友達と議論をするのは当然として、そこにキチンと工学専攻の方が参加していたことです。
ちょっと話はずれるようで、ずれないのですが、時たま友達から「尾関君は政治が好きだね」と言われます。僕はこれに、とてつもない違和感を感じていて。。。僕は「好き」で政治に関心を寄せている訳ではないんですね。
「政治」って、難しそうに見えて実はそうじゃなくて、単に、僕たちが生活していく上でのルールや約束事を決めているだけの話なんです。
「外交」だって、僕たちの利益が損なわれないように、お互いの利害を調整したりしているだけ。
すべからく「僕たちのこと」を決めているのに無関心ではいられないと思うのですが、、、いかがなのでしょう。
そして特に、音楽家などが表現をするためには、自らに対して自覚的である必要が大きいと思っています。自らとは、すなわち文化であり、国であり、世界なんではないでしょうか。
例えば世界では、テロの脅威が増え、紛争が多発し、貧困がはびこっています。
これに深く思いを致さないで、「祈り」の表現であったり、「音楽家の使命」であったりが生まれてくるのでしょうか。
例えば祖国に対する認識が薄い日本人が、西洋のクラシック音楽を演奏する意味があるのでしょうか。
世界のすべては所詮、人間の成すことで、それは個の中にも還元されます。
だからこそ音楽家は、自覚的であるためにも、政治について少なからず思いを致す必要があると考えています。
、、、、、、と、
やはり政治になると熱くなってきてしまいますね。
その他お正月は、音楽友達のお宅にも伺い、お節料理を頂きました。
関西風の御雑煮や昆布巻きなどを頂き、日本料理の奥深さを知り、ヒレ酒で至福の余韻を楽しみました。ありがとう。
〆今年は個人的にも、世界的にも、必然的な変化の年となります。
この変化を楽しめるように、過ごしていきましょう。
2016年12月31日土曜日
神無月 霜月 師走 合併号
▼師走
年末はイベントが押し寄せてきますね。
日本と同じく、コンサートや忘年会などの予定も入ってきますが、何と言っても、欧州ではクリスマスが最も大切な一日になります。特にドイツでは「クリスマス・マーケット」が開催され、多くの人々がクリスマスに向けての準備にいそしみ、幸せな時間を過ごします。ドイツ以外でも「冬の楽しみ市」(BXL)などが行われますが、やっぱり本場はドイツなんですね。僕は、Aachen(アーヘン)のクリスマス・マーケットを訪れたのですが、"地元"ブリュッセルの雰囲気とは全く違って、とても印象的でした。
そんな中で、ベルリンでは悲しいテロ事件が起こってしまいました。それだけでなく、世界の転換点であることを突き付けられる出来事が多々ありましたね。イギリスの欧州離脱、トランプ氏の米大統領当選、そのほかにも、シリア・アレッポでの紛争や、、、思い返せばブリュッセルでのテロも今年でした。個人的にも、環境の変化を感じざるを得ない出来事が幾つかあり、諸行無常の響きを感じている思いです。
さて、12月の中頃には、我が師匠であるPiet・Kuijikenの伴奏で、シューマンの協奏曲を本番に乗せました。シューマンの協奏曲って、、、難しいんですね(苦笑)
思っていたよりも技術的に苦労する部分が多くて、悶々と練習する日々だったのですが、本番を経て、なんとか形になってきました。
そんな師走の日々。
▼霜月
11月は自分にとって、音楽的に確信めいたものを掴んだ月でした。
その確信を得るきっかけも、自分の中で確かに自覚できるものでした。きっかけは、いつもの積み重ねの中に眠っていて、それにも関わらず、積み重ねの中の死角に隠れていたように、ひょっこりと顔を出して来てくれた。そんなような瞬間でした。
なにかに「至る」ためには、同じことの繰り返しと、その中での"気付き"の積み重ねが大切であることを感じました。
そんな境目を見つけた11月。
▼神無月
10月。今年の中で最も苦しんだ月でした。正確に言うと、11月の中頃までは苦しんだのですが。
まず何といってもやる気が出ない。気分転換を図る試行錯誤を繰り返しても、一向にピアノに気持ちが向かわない。夏の講習会を経て、色々と技術的に完成しつつあることを感じつつも、自分の中に何か障害を感じてしまい、鬱々とした日々を過ごしていました。
想像するに、譜読みの曲も多かったことと、夏まで頑張った集中力の跳ね返りが来たのかなぁと、そこらへんに原因があるんだろうとは思います。
でも、音楽的な気付きを得るために必要な期間だったのかもしれないですね。少しだけピアノから気持ちが離れたことは、逆に自分を俯瞰する良い機会になったのかもしれません。
ま、結局はよく分かりません。
▽さて、来年は月毎の更新よりも、その時々に訪れた場所や出来事を記していきます。そうしないとサボっちゃいそう。。。そうじゃなくてもサボっちゃいそうだけど。。。
良い一年でした。ありがたいことです。来年は、環境の変化の年になりますが、しっかりと自分を見つめて過ごしていこうと思います。
そして、常に世界の平和を祈ります。人々の心に安寧がお訪れることを願います。
お互いがお互いを思い、尊重する。
自分の中でも、とても難しい作業だと思うし、引き裂かれそうな矛盾に苦しむこともありますが。
まずは一人として、自分のなすべき事を成し、生きている喜びを感じ、生きている責任としても、人生を楽しむ。
人生の喜びの一端として、音楽があることを知ってもらい、提供する。
これからも良い日々を過ごしていきましょう。
2016年10月2日日曜日
新しい一年 新しい曲 新しい挑戦 長月
▼九月の欧州では、新しい年度が始まります。
私の住んでいるブリュッセルでは入試や追試が行われ、続いて学校への登録等があり、また、レッスンの予定や室内楽のグループを組んだりと、新しい歯車の動き始める月です。
そんな中で僕はと言うと、ついに新しく、副科ですが、チェンバロに取り組む手続きをしています。
ベルギーに引っ越しをして来てから初めて出会った"古楽"という 音楽のおかげで、昨年度は特に深い学びをする事が出来ました。そしてこれから、より幅広い表現の可能性を得るためにも、きちんと古楽と向き合うことも悪くないのでは思っています。
もう一つの新しい事として、チェロとのデュオを含むコンサートを行う運びとなりそうです。
曲目はJ.Brahmsのチェロソナタop.38を含むもので、新しいレパートリーなのですが、昨年にブラームスを多く学んだことが十分に生かされる機会になると期待しています。
もちろん同時に、新しいレパートリーも増やしていかなくてはいけない。
シューマンのピアノ協奏曲や、ショパンやドビュッシーのソロ曲も仕上げていかなくてはいけないので、なかなか慌ただしい一年の始まりです。
あ、滞在許可証も更新しに行かなきゃ。
僕の住んでいるサンジル市の市役所は、とても手続きがスムーズで助かるのですが、いかんせん、滞在許可についてはパリ時代のトラウマがあり、毎年ドキドキしています。早めに行こう。
2016年9月3日土曜日
長月のはじめに
フランス語での授業は本当に分からなくて、シラバス(授業内容の書かれた冊子)を丸暗記するために、一科目につき30~50時間は、ノートに内容を書いて書いて、"手"が内容を覚えるまでカキマクッテ!!勉強しました。おかげさまをもって、人生で初めて腱鞘炎になりました、、手がカチコチになって動かなくなった。ピアノを弾いていてもなった事ないのに!!
勉強のサポートをしてくれたアドリアンや、ゴティエ、藤池さんには、感謝をしてもしきれません。本当にありがとうございました。
そしてこの留学も、なんと次年度で7年目に入ります。光陰矢の如しとは正にこの事で、もうビックリするしかありません。特にこの一年は、自分自身でも大きく成長したことを感じ取れた一年でもあり、とても充実していました。
しかしながら、そろそろ一つの区切りを見付けなくてはいけないとの思いもあり、来年2017年には日本へ完全に帰国をする予定です。と言っても、帰国は10月か11月になるのですが、あっという間の一年になることは明らかだと思います。
次年度が最後の一年です。期限を決めたことで、ますます集中して学ぶことができると思います。この一年を特別で素晴らしく意義深い一年にするために、また頑張ります。
皆様におかれましては、夏休みも終わり、年末に向けて再始動の時期かと思います。お体に気を付けて健やかに、長月の日々を過ごしてくださいね。
尾関友徳
八月 葉月 ドイツ講習会
▼ブリュッセルから電車で三時間、フランクフルトで乗り換えて一時間と、バスに乗り換えてようやく辿り着く位置に、このschlitzは位置しています。
自分でも何故ここに戻ってきたのか分からなかったのですが、参加することにしました。
というのも、なんと言ってもこの講習会は長く辛い。普通の講習会が一週間程度なのに対して、このPianaleはなんと20日間。プール以外に何もない場所なので、なかなかストレスの溜まる講習会なのです。
しかしながら、ここの宿泊施設はまずまず。僕は相部屋を選択しました。
今年の同居人はキューバ人のダリオ。とても親切で明るく、気遣いもできて、おかげで凄く気持ちよく期間中を過ごすことができました。
この講習会の良いところは、期間中に大小合わせて12回のレッスンがあり、最低でも2回のコンサート(一人10分)に出演できる所です。
先生方も素晴らしい方ばかりで、様々な個性に接することができます。
そしてその様々な意見の中から、共通の意見を見付けたり、音楽の違いを考えたりと、ピアノを学んでいく上で非常に糧となるものを学ぶことが出来ます。
また、ピアノを学ぶ同年代の同胞と長く時間を共有できるというのも、魅力の一つです,
今回も、まだ二十代前半の子の才能に刺激を受けたり、一生懸命練習している跡の聞き取れる演奏を耳にしたり、完成された演奏家に出会ったりと、素晴らしい仲間に会えました。
彼らとは、一緒にビールを飲んで話したり、プールに行って飛び込んだり。バーベキューをしたり。カードゲームをしたり。引っ掛けゲームをしたり。
時には励まし励まされ。将来の成功を祝い。時には政治について語り合い、民主主義と社会主義、民族の独立、今の時代について語り合ったり。(英語で(泣))
今回は本当に楽しかった。
相変わらずの昼食や夕飯の不味さも忘れられる日々でした。
彼らと、またどこかの講習会やコンクールで再開するのが楽しみです。
反省:
↓肖像権とか?大丈夫よね。



2016年8月25日木曜日
七月 文月
少しだけ、スペインに赴いた時の事と、写真を載せてみます。
今回は、スペイン南部の地中海に面する町、Xabiaに行ってきました。
と申しましても、このXabiaにたどり着くには一苦労で、最寄りのAlicante空港から電車で約二時間半。一日の本数も少なく、当初の予定を変更しAlicanteで一泊する羽目になりました。
いつもの如くbooking.comで安宿を予約。
今回はいわゆる民泊で、イタリア人(Brescia)とトルコ人の男性と一つ屋根の下で過ごしました。
お二方共にタドタドシクも英語を話され、またこちらもギコチナイ英語を駆使してコミュニケーションをしておりました。
イタリアの男性はバレーボールの練習をしにバカンスを利用して?Alicanteでミニ合宿をしているらしく、既に相当な日焼けをされていました。
そんな中で彼は「My dream is」...と話し始め、「いつかここのような場所に家を買って住みたいんだよ」と仰っていました。
僕は内心で、「いや、家なんか買わんでも、近いんだから、いつでも来れるやんけ」と思いつつも、何故だかこの「My dream is...」に心を打たれ、夢を持って生きるってかっこいいなぁ、なんて思ったりしながら、自分の夢って何だったかなぁ。と、改めて考える事となりました。
もう一人のトルコ人の方は、英語でやり取りをするのが本当に難しかったのですが、少しだけお話し。
聞くところによると「実は予定が変わった」らしく、「My wifeが一緒に来るはずだったんだけど、ブラッドをチェンジしなきゃいけなくなって、来れなくなったんだ」とのこと。
| 一晩だけの家族になったようでした |
↓こちらはAlicanteにあるCastell de la Santa Bàrbara(サンタ・バルバラ城)。
この土色は、まさにスペインの風景そのもので、とっても五感をそそられます。
↓お城からの風景
さて、スペインから帰ってきた後は真面目に、演奏の録音をしました。(スペインも真面目な用事でいっています)
8分くらいの、そんなに複雑ではない曲を録音したのですが、なかなかミスのないように弾けない。編集無しの映像が欲しかった事もあり、最終的には、実に2時間も収録に時間を費やす羽目になってしまいました。(最終的には妥協を。。。)
しかしこの苦い経験は、いろいろな教訓にもなっていて、日々の練習に対する姿勢を見直すいい機会にはなりました。
と、大まかに大まか大まかに、PCを叩いて叩いて、七月にあった出来事を総ざらいしました。しかし雑になってしまった。。。。
次回は七月の末から八月の中旬まで行われたピアノの講習会について。
こちらは大切な思い出なので、丁寧に記そうと思っています。
反省:
きちんと暇を見つけては記しておかないから、文章も荒れるのです。
ものぐさせずにキチンと記すこと。
2016年8月16日火曜日
六月 水無月 みなづき
▼六月は、精神的に結構参っていました。
自分の中に行き場のない不満と不安が溜まっていき、それを消化出来なずにもがき、しかしながら、もがきながらも淡々と、やるべき事をこなしたと云う日々でした。
卒がなくPostGraduateの一年目も終え。。。
あぁそういえば、年度末恒例のBBQパーティに参加したり(学校主催)、EURO2016でベルギーを本気で応援したり、、、行事ごとの多い月でもありました。
水はなくてもビールならある。それがベルギーです。(なんのこっちゃ)
▽おぉ、そういえば六月はコンクールにかこつけて、南イタリアを周遊してきました!!なんてハッピーーな六月だったんでしょう。
ピサの斜塔は、やっぱり傾いていました。
あとはルッカという、これはなかなかいい街で、オペラ「蝶々夫人」で有名なプッチーニの生まれた街らしいです。
▽お皿はフィレンツェで購入。凄く気に入っています。
しかしフィレンツェを一泊二日では、まったく回り切れませんでした。美術館も沢山で興味深いものばかり。ここはもう一度行きたいなと思っています。
続けて次回は七月について。。。何を覚えている事やら。。。
2016年6月5日日曜日
古い日記より ~初めてのリサイタルの記憶~ d'apres des vieux cahiers
ピアニストと呼ぶには程遠かった6年前に、それでも必死になって頑張っていた自分の姿を思い出し、"懐かしさ"と"新鮮さ"を感じると共に、当時の自分に力を分けてもらっています。
そして当時の自分曰く。未熟と知りながら、何故その時分にリサイタルをしようと思ったのか。それは『「今、しなきゃいけない」と云う気持ちが、とても強かったから』なそうな。。。その判断は断じて正しかったと、今の自分は切に思います。
今回はそのブログに、改行と句読点に多少の編集を加えつつも、文章・絵文字などには一切の変更をせず、当時のそのままの気持ちと雰囲気を残すべく、掲載します。
▼6月18日の話
前日から、気持ちの高ぶりのせいか、夜は2時間毎に目が覚める。
寝ているような、ずっと起きているような…
10時頃にはお腹が空いたので、予め買っておいた蕨餅を食べ、寝汗が激しかったのでシャワーをゆっくり浴びる。しばらく横になり、13時00分に準備開始。
14時00分くらいに学校に着き、食べたいものを食べる。
(確かカジキの照り焼き)
14時30分頃から、
少しのまやかし練習、
16時00分まで先輩方とだべり…
16時00分からは楽譜を読み始める、
この時、
まだまだ眠たし。
16時45分頃まで楽譜を読んだ後、
小雨の中会場へ…
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会場に着くと、ちょうど仲間のKが前に見える。
会場の方に挨拶をした後、少し嫌嫌ながら仕方なく、(アラウの教えによる)
調律師さん立ち会いのもと、 ピアノの試し弾きをする。
なんていい響きなんだ。
想定していたよりもずっと美しい響きが広がる。
楽屋にて、Kと世話話をしていると、親が早めに到着。
17時30分頃。
その後、お手伝いのMichiが到着し、 プログラムを折ってくれる。
17時40分
ダメだなぁと思いながらも、確認の誘惑によりピアノを触る。
(本番前に練習すると、本番のエネルギーを使ってしまう、だからよした方がいい…アラウ)
遅れて、この日の精神的補助、A氏が控室へ。
17時50分。
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17時57分
意外と長い待ち時間。
これから本当に自分が弾くのかと云う不思議な感覚に、
「お前のリサイタルだろが
外は雨が強くなって来ている。
しかしそんな事を考えもせず、時計の針は進む。
18時10分。
会場の入りは、まだ8人程だろうか?話し声は聞こえない。
18時20分。
何やらザワザワとして来た、
みんな来てくれたんだ、ありがとう。
18時23分
K氏の「ここまで来たら楽しんでよ」との言葉を遮りトイレへ。
18時28分
そろそろ騒がしい、
これから俺が弾くんだ、
俺の、リサイタルなんだ。
そして、18時30分
当初の開演時間
この日は雨なので、予ベルをこの時鳴らす。
18時31分 控室に来客
(控室は直接外に繋がっているのですが…)
「ピザをお届けに参りました~~
……………………
ハッ(´Д`)
K氏が間違いだと話を付け、追い返す。
誰かの妨害作戦か(笑)
ズッコケのまま、
18時33分
早めのベル、
さぁ、本番だ
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万雷の拍手
(そう聞こえた)
本当に感謝
どれだけ深くお辞儀をしても足りませんでした。
何人かの友達の姿を確認。中央にはAJ氏もきちんと発見。
バッハを弾く
終わり、袖にはける。
Kが控室に来て
「いい感じ
と励ます。
お茶を一口、
ベートーヴェンに向かう。
ハプニングなんか関係ない。
今を大切に。
弾き終わり、
控室。
19時30分まで休憩と決める。
K氏とA氏と、今の演奏について話しながら、
「マズは次だよ」
と彼らは気持ちの方向を示してくれた。
19時30分
シューマン 謝肉祭
この時会場に入って来てくれた友人もきちんと確認、
中央右手には、河合楽器のF.Y.氏も見える。
感謝
シューマン 演奏
自由になる
終わり、袖にハケ、
お辞儀、
口上、
泣く。
皆に感謝。
全てに感謝。
そして今、遠い過去を思う、
「音を出した瞬間から、それはもう過去なのです」
AJ氏の言葉
そう、だから今、
私は生きなくてはいけない。
自分の出来る限り、
一生懸命に。
2016年5月26日木曜日
La porte ouverte;l'âme fermé 皐月
▼La porte ouverte;l'âme fermé(開かれた扉;閉じられた心)
このブログを始める際に何気なく付けた題名ですが、今まさに自分は、この言葉に当てはまる状況にあるようです。
Piet=Kuijiken先生の下で勉強を始めて、僕の音楽に対する見方は大きく変わりました。それに加えて今期は、多くの同世代のピアニストとの交流もあり、沢山の成長があったと思います。僕の視界は大きく開かれました。まさに"扉が開かれている状態"だと思います。
さて問題は、この開かれた世界の中へどうやって踏み出すのか。。
"L'âme fermé"
まだまだ僕の才能は開いていない。まだまだ可能性はあると思う。この未知の部分を開花させる何かが欲しい。
或いは考え過ぎて、僕は臆病になっているのかもしれません。悪い癖??
その悩みの中でも、凄く影響を受ける演奏に出会ったり、先生の助言であったり、また、友達との会話であったり、、、少しずつ踏み出そうとしている感はありますが、まだまだ。もっとたくさんの経験と体験が必要なのかもしれません。
そうだ。そろそろ新しく録音をして、interpretationsの更新も行わなきゃな。。。
むむむうむ。。。むむ。。。。。
あぁ、このブログのタイトルをl'âme ferméからl'esprit épanoui(花開いた心)に変更したい。
ブリュッセルは気候の変動が激しく、寒暖の周期が目まぐるしく変わっていくのですが、最近はやっとで落ち着いた空気になってきました。
皆様は健やかにお過ごしくださいね。
反省::
前回四月のまとめブログを記す際の題名を、"皐月"と誤って記してしまいました。正しくは、四月は卯月です。。。四月には競馬の"皐月賞"があって、どうしても"四月は皐月"と思ってしましますが、卯月です。。。失礼しました。
2016年4月27日水曜日
Elisabeth・Leonskaja 協奏曲&リサイタル 4月22・24・26日
▼このElisabeth・Leonskaja氏は、僕が最も憧れているピアニストなんです。
彼女の身体から放たれる音楽は、深く静かに聴衆の中に入ってきて、心の泉を潤すように染み入ってきます。そして彼女の立ち姿と振る舞いの優雅さを目にすると、それが尊敬せずにはいられない音楽家であり芸術家であり、人物なのだと思わずにはいられません。
さて、僕のElisabeth・Leonskaja賛はこれくらいにして、こちらが今回のプログラムです。↓
2016年4月22・24日
Concerto pour piano et orchestre, op. 54 Robert Schumann
2016年4月26日
Sonate pour piano, op. posth. 122, D 568 Franz Schubert
Fantasien, op. 116 Johannes Brahms
Sonate n° 2, op. 37 Pyotr Tchaïkovsky
▽まずはシューマンの協奏曲の感想、、、というか、ちゃんと感想になるのかな。。。
もう、凄すぎでした。演奏中に「すごい・・・」って何度つぶやいたか。
とても譜面に忠実なスタイルで、細部のアーティキュレーションや和声進行が目に見える演奏。そしてその上で、彼女の持つ音質、羽の生えたような音と、音楽的で目の覚めるようなフォルテを以って、シューマンの性格的な表情を見事に表現していました。
僕なんかはもう、彼女が出てきただけで感動。
優雅に表れたLeonskaja氏は静かに椅子に座り、かと思えばシューマンの協奏曲の出だしを、音楽的な強烈でFで開始。それでもう、痺れました。第一主題に入る際に配置されている前打音の後に、第一音をホールに放つまでに使われた時間は、アクセントの指示がされている第一音の印象を奥深く、聴衆に印象付けるものになりました。(この部分の指示は"P espress.")
本番後は勇気を出して楽屋へ。少しだけお話をすることが出来ました。
僕が"次にこの曲をやろうと思っているんです"と言うと、「じゃあ三楽章に気をつけてね。決して速く弾きすぎないように、これはワルツなのよ」とのお言葉。彼女のように生き生きとした表現をするためにも、しかと胸に刻んで、楽譜を読み進めていこうと思います。
▽そしてソロリサイタル
まずはシューベルト。めちゃ凄かった。
とても上手に弾いたとしても、途中で飽きてしまいがちなF.Schubertさん。しかし彼女の手に掛かれば、それは深い森の散歩道を歩き進むような、とても瑞々しい時間に変わってしまいました。
僕には、その中でも特に強く印象に残っている瞬間があって、それは彼女の音楽の中で静寂が、コンサートホールを支配した瞬間が訪れた時です。この静寂が何度も訪れる。ぼく自身、静寂が聞こえて来る演奏に出会うのは初めての経験であり、その瞬間の尊さに、感動を覚えずにはいられませんでした。演奏を聴いていて涙が浮かんだという経験も初めてかも。
そしてブラームス。本当に素晴らしかった。
聴衆に対しても集中力を求めるプログラムではありますが、その集中力を切らさせないのはピアニストの凄さですね。彼女のop.116には圧倒されました。
ただ上手に弾くだけでは、途中で時計を確認しいてしまいがちなこの曲。しかし彼女の手にかかれば、これも怪しい夢の中を探るような、ブラームスが彼の心の内を吐露するような、味わい深い音楽へと生まれ変わり、その演奏に只々集中して聴き入っている自分がいました。
うーーん、この曲。まだまだ自分には弾けないなぁ。すべてを理解するには若すぎる。
それほどに複雑なものを感じさせる演奏でした。
休憩の後にチャイコフスキーのソナタへ。心が躍った。
シューベルトとブラームスとチャイコフスキー。このキャラクターの全く違うはずの作曲家たちを、一つのプログラムにまとめ上げ、一つのコンサートとして彼女は育て上げた。そして特筆すべきは、この3人のどの作曲家を聴いている時も、いつも作曲家の意図した、その曲のあるべき姿を感じながらにして、いつもpaforming by Elisabeth・Leonskajaな所だと思います。
その最後を飾ったチャイコフスキーのソナタからは、ロシアの民族的な、暖かい土地に憧れ続ける、そしてどこかちょっと間の抜けているような、親しみの持てる人間性。そんな匂いが立ち込めて来ました。
アンコール
F.Liszt"ペトラルカのソネット104番"
L.v.Beethoven "テンペスト 3楽章"
F.Chopin"Nocturne op27-2"
このアンコールが、とてつもなく素晴らしかった。
ペトラルカでは、主題に入ってから現れるアルペッジョが極めて濃縮された状態で行われ、その表現の仕方に度肝を抜かれました。たまに優しく行われるアルペッジョがまた良い。
ベートーヴェンでは、古典の奏法に則った弾き方に加え、素晴らしいアーティキュレーションの表現。そして作曲者が与えたアクセントを的確に表現し、立ち上がる演奏は芸術そのもの。pで迎える最後の終わり方には、胸がグッとなりました。
最後の曲となったショパンのノクターン。これは至高。遠い無意識、夢、静寂の中に連れ去られる思いで、これもまた、やられました。
▽やられたままの状態で、ボーっとして終演後の舞台裏に赴くと、彼女にグッと姿勢を正されてしまいました。苦笑です。そして僕は、もじもじ。もじもじ。もじもじ。まじ、おれ、しっかりして欲しかったです。
しかしながら、又ちゃっかりとサインをしてもらい、完全にミーハーと化してしまいました。あぁ、もっとちゃんとお話をしたかった。
▽なんだか、ずっと凄い!!凄い!!と書いてきましたが、僕たちが一番に驚くべきことは、彼女の体の動きと音楽が、常に一体化している事だと思います。
彼女の腕の動きは常にフレーズを創っており、また、音の長さを形作っています。音が空中を漂っている時には、彼女の腕もまた、鍵盤の上の方で漂っています。また大きな音価のみならず、細かいアーティキュレーションの際にも、音の緊張と緩和に即して、体の動きが緊密に連携しているのが見て取れます。
他にも鍵盤の底に手を放り投げたり、時には跳ねるようにして長い音を立ち上げたり。これらの動きは音楽に直結していて、特にポルタメントを弾く際に行われる腕の動きは、僕のお気に入りです。
∴熱に浮かされてDVDも買ってしまったので、いろいろと研究して取り入れていこうと思います。
2016年4月23日土曜日
卯月 コンクールから大風邪をひき、そしてブリュッセルでの講習会からコンクールへ
▼最初のコンクールは、これはもう三月の末だったような。
久しぶりに会心の演奏をしたと思ったのですが結果は振るわず、非常に残念でした。しかし、ファイナルに残られた方々の演奏をすべて聞きましたが・・・・・な印象。コンクールって色々あるのね、と言う感じ。。。。個人的には、集中して弾けたし、舞台上で為すべきことを会得したような気がしたので、それはそれで良しとしておきます。
その後にブリュッセルでテロが起きましたが、僕はと言うとその翌日から高熱を出し、5日間ほど床に臥せておりました。一時は39℃を記録して非常に心細い思いをしましたが、なんとか回復に至りました。
そんな風邪の最中に、その翌週にあるブリュッセルでの講習会から連絡があり、ブラームスのop.120を一楽章だけですが、ヴィオラと演奏する事に。。。初合せまであと3日。その当時はまだ38度あったのですが、もうそこは根性を出してね、譜読みをしました。
講習会が始まる日になると、なんとか発熱は収まっていたのですが、いかんせん満足に物も食べずに過ごしていたので、体力・気力・筋力共にコンディションが戻って来なくて苦労しました。そこは根性を出して(2回目)なんとかこの講習会を乗り切ったのでありました。
この講習会が始まるまでに本当は、色々と仕上げる予定だったのですが、上記のとおり風邪で一週間のロス。このロスはとてつもなく痛手で、なぜかと言えば次のコンクールをタイトな日程で組んでいたためです。講習会が終わった1週間後にはもう出発!!もうここは根性を出して(3回目)曲のコンディションや体調を整えました。
体調管理って、本当に大事ですね。
まぁしかし案山子、もとはと言え、奴がインフルエンザなのに外出して・・・、なんて恨み言はなしです!!すべては自分の責任ですね。
僕は音楽家でありたい。だから意思を持って、意思のある音で、常に音楽と接していたい。それを強く感じだ本番であり、また、それを強く意識して臨んだ本番でした。
それは同時に、リスクを取ると言うことでもあるんですね。
意思を持てば、その人のキャラクターが入ってくる。そこにリスクは生まれるんです。だけれど僕は、そこを避けて演奏をしたくはない。それは退屈で無意味な音楽になってしまうから。だからいつでも、意思を持って、リスクを甘んじて受け入れる覚悟で本番に望んでいます。
▽でも同時に、実は、意思を強く持った音の音楽の一方で、音楽を俯瞰で見て自然と、音を体に受け入れるような演奏の仕方もあるのではと思い至ってきました。きっとこの両方のバランスが大切なんだろうなぁ、と今は考えている最中であります。
でも、あまり重たく考えてはいけない。すべては音楽を楽しく演奏するために為されることなのですよね。
▽そんな事を考えながら、今週は僕の憧れのピアニストであるElisabeth・Leonskaja氏のコンサートに行っています。今回は連続コンサートで3回のコンサートがブリュッセルであります。昨日はこの演奏会の初日で、シューマンの協奏曲を聴いてきました。。。とても素晴らしかった。
彼女のような音楽家、人間になりたいと心から思っています。
詳しい感想は、すべてのコンサートを聴いたのちに記してみようと思います。
では、今回はこの辺で。。。
反省; 文章が荒れてるんでないか?もっとスッキリと書きましょう。

